第56回 ちょこのちょこッとした童話
【灰かぶり・前半】
ある所にお金持ちの男がいまして、その奥さんが病気になりました。
奥さんは、死ぬのが近いことを悟ると、一人娘をベッドの脇へ呼んで言いました。
「いつも神様を敬い、良い子でいるのですよ。そうすれば神様がいつでもあなたを助けてくださるからね。それから、お母さんも天国からあなたを見守っている事を忘れないでね」
そう言うと、お母さんは目を閉じて亡くなりました。
少女はお母さんのお墓へ出かけて行っては、毎日泣いていました。
そして少女はいつも神様にお祈りをし、良い子でいました。
冬が来て、空が雪の布をお墓の上にかけました。
春になって、お日様が雪の布を剥がすと、男は新しい妻を迎えました。
新しい妻には娘が2人いました。
この娘達は、顔は美人で肌も真っ白でしたが、心は醜く真っ黒でした。
それからというもの、少女は辛い年月が始まりました。
「お前がこの家で生活するためには、働いて稼いでもらわなくっちゃね」
3人は少女の綺麗な服を剥ぎ取り、灰色の古い上っぱりを着せ、木靴を履かせました。
「さー皆んな、気位の高いこのお姫様を見てやって。素敵におめかしをしているでしょ」
と3人は大声で笑いながら、少女を台所へ連れて行きました。
少女は台所で、朝から晩まで家事をすることになりました。
夜明け前に起き、水を運び、火をおこし、料理をして、洗濯をしました。
その上姉達は、それはそれは色々な意地悪を考え出しては少女を苦しめ、嘲り笑いました。
例えば、エンドウ豆とレンズ豆を暖炉の灰の中へぶちまけて拾わせたりしました。
少女は、毎日働き疲れてクタクタになっていました。
真冬の寒い夜でもベッドも無く、火を消した暖炉の脇の灰の中で寒さを凌ぎました。
灰の中は、夜通し温かかったからです。
そのため少女はいつも灰にまみれた汚いナリをしていましたので、皆んなに『灰かぶり』と呼ばれました。
ある時、父親は年の市(新年の飾り物や正月用品を売る、年末に立つ市)へ行くことになりました。
そこで3人の娘達に、お土産は何がいいか、と聞きました。
「綺麗な服」
と1人が言いました。
「真珠と宝石」
ともう1人が言いました。
灰かぶりは、
「帰り道、一番最初にお父さんの帽子にぶつかった木の小枝を折って、持って帰って来て下さい」
と言いました。
父親は年の市で、上の2人の娘の為に綺麗な服と真珠と宝石を買いました。
馬に乗って帰る途中、青々とした木の茂みを通っていました。
その時ハシバミの小枝が触れて、帽子を落としてしまいました。
そこで父親は、その小枝を折って持って帰ることにしました。
父親は家に帰ると、娘達に望みの品をそれぞれ渡しました。
灰かぶりは、父親にお礼を言うと、ハシバミ(ハシバミの実は、ヘーゼルナッツ)の小枝を亡き母親のお墓の上に植えました。
少女は、お墓の前で毎日毎日泣き続けていましたので、植木に水をやったようになりました。
やがてその小枝は大きくなり、立派なハシバミの木となりました。
少女から大人になった灰かぶりも、毎日3度ずつその木の下へ行っては、涙を流しながらお祈りを続けていました。
するとその度に、白い小鳥がその木にやってきました。
そして灰かぶりが何かお願い事をすると、その小鳥が望んだ物を投げおろしてくれるようになりました。
ある時、王様がダンス・パーティーを開く事になりました。
この催しは3日間続く事になっていて、これに国中の美しい乙女達が皆んな招待されていました。
それは、王子が花嫁を自由に選べるように、という計らいでした。
灰かぶりの姉達も、招待されていると聞いて有頂天になり、灰かぶりを呼んで言いました。
「私達の髪を結ってちょうだい。靴を磨いておいてちょうだい。私達は王様のお城へパーティーに行くのだから」
灰かぶりは言われたとおりにしましたが、涙が溢れて止まりません。
自分もそのパーティーへ一緒に行きたかったからです。
そこで継母(ままはは、父の後妻)に、
「一緒に連れて行って下さい」
と頼みました。
「え? お前がパーティー?」
と継母は呆れて言いました。
「お前は埃だらけで灰まみれ。その汚いナリでパーティーへ行こうって言うの? お前にはドレスも無ければ靴も無い。それなのに、踊ろうって言うの?」
それでも灰かぶりがいつまでも頼み続けたので、渋々継母が言いました。
「じゃあ、レンズ豆を1皿灰の中にばら撒いたから1時間以内に良い豆を寄り出してごらんよ。それができたら、一緒に連れて行ってやるよ」
灰かぶりは裏の戸から庭へ出て行き、声を張り上げて言いました。
「家鳩さーん、山鳩さーん、お空の鳥さーん、皆んな来てちょうだーい。豆を拾うのを手伝ってちょうだーい。
良い豆はお皿の中へ。
悪い豆はお腹の中へ」
すると、台所の窓から白い鳩が2羽入ってきました。
その後から山鳩達が来て、最後に空の鳥達が皆んなバサバサ、バタバタと入って来て、灰の周りに群がりました。
やがて、鳩達が首を上下に振って、コツコツコツと拾い始めました。
すると他の鳥達も、コツコツコツとやりだしました。
そして、良い豆を全部お皿の中へ拾い出しました。
こうして1時間経つか経たないうちに、鳥達は仕事を終えて、皆んな外へ飛んで行ってしまいました。
灰かぶりは、これでパーティーへ連れて行ってもらえる、と良い豆の入った皿を継母の所へ持って行きました。
ところが、継母は言いました。
「駄目よ灰かぶり。お前はドレスも持っていないし、ダンスもできない。笑い者になるだけ」
それを聞いて灰かぶりが泣き出したので、継母が言いました。
「じゃあさ、お前が2皿のレンズ豆を1時間の内に灰の中から綺麗に拾い出せたら、一緒に連れて行ってやるよ」
継母は、さすがに『これはできっこない』と思っていました。
継母がレンズ豆を2皿灰の中へ開けてしまうと、灰かぶりは裏の戸から庭へ出て行き、声を張り上げて言いました。
「家鳩さーん、山鳩さーん、お空の鳥さーん、皆んな来てちょうだーい。豆を拾うのを手伝ってちょうだーい。
良い豆はお皿の中へ、
悪い豆はお腹の中へ」
すると、台所の窓から白い鳩が2羽入ってきました。
その後から山鳩達が来て、最後に空の鳥達が皆んなバサバサ、バタバタと入って来て、灰の周りに群がりました。
やがて、鳩達が首を上下に振って、コツコツコツと拾い始めました。
すると他の鳥達も、コツコツコツとやりだしました。
そして、良い豆を全部お皿の中へ拾い出しました。
こうして30分も経たない内に、鳥達は仕事を終えて、皆んな外へ飛んで行ってしまいました。
灰かぶりは、これでパーティーへ連れて行ってもらえる、と思って喜びました。
良い豆の入った皿を継母の所へ持って行きました。
ところが、継母は言いました。
「何をしたって駄目。一緒には行けないよ。だって、お前はドレスも持っていないし、ダンスもできない。お前と行けば、私達が恥をかくことになるからね」
そう言うと、継母は灰かぶりに背を向けて、綺麗に着飾った上の娘2人を連れて、急いで行ってしまいました。
家に誰も居なくなると灰かぶりは、お母さんのお墓へ行き、ハシバミの木の下から声を張り上げて言いました。
「ハシバミさん、ユサユサユサと木を揺さぶって、私の上に金と銀のドレスを投げてちょうだいな」
すると、いつもの白い小鳥がやってきて、金と銀のドレスと絹と銀で刺繍した靴を投げ下ろしてくれました。
灰かぶりは大急ぎでそのドレスを着て、お城へ出かけました。
お城にいた継母は灰かぶりを見ましたが、よそのお姫様だと思っていました。
姉達は灰かぶりのことなど少しも頭になく、家でゴミにまみれて、灰からレンズ豆を拾っていると思っていました。
金と銀のドレスを着た灰かぶりは、大変美しく誰よりも輝いていました。
王子は灰かぶりに歩み寄り、手を取って、一緒に踊りました。
王子は他の誰とも踊ろうとしませんでした。
灰かぶりの手を1度も離さなかったのです。
他の男性が来て、灰かぶりにダンスを申し込むと、
「彼女は、僕と踊るんだよ」
と制しました。
灰かぶりは日が暮れるまで王子と踊りました。
そろそろ家へ帰ろうとすると、王子が言いました。
「僕が送ってあげるよ」
そう言ったのは、この綺麗な娘がどこの娘か知りたかったのです。
でも灰かぶりは王子の脇をすり抜けて、家の鳩小屋へ飛び込みました。
王子が家の周りをウロウロしていると灰かぶりの父親がやって来ました。
「どこかの娘が、この鳩小屋に飛び込んだんだ」
と王子は父親に説明しました。
『ひょっとすると灰かぶりかもしれない』
と父親は思いました。
父親は、オノとツルハシで鳩小屋を真っ二つに叩き割りましたが、中には誰もいませんでした。
台所へ行くと、灰かぶりはいつもの汚い服を着て灰の中で転がっていました。
実はあの時、灰かぶりは素早く鳩小屋から飛び降りて、ハシバミの木へ駆け寄り、木の陰でドレスを脱ぎました。
お墓の上に置いたドレスは、鳥がそれをまた運んで行きました。
それから灰かぶりは、いつもの灰色の上っぱりを着て、台所へ戻り灰の中に転がっていたという訳です。
パーティー2日目です。
両親と姉達が出かけてしまうと、灰かぶりは、ハシバミの木の所へ行って言いました。
「ハシバミさん、ユサユサユサと木を揺さぶって、私の上に金と銀のドレスを投げてちょうだい」
すると例の小鳥が、昨日よりもずっと立派なドレスを投げ下ろしてくれました。
そのドレスを着て灰かぶりがパーティーに現れると、誰もがその美しさにびっくり仰天しました。
王子は灰かぶりが来るまでじっと待っていました。
そして、灰かぶりが来るとすぐに手を取り、灰かぶりとしか踊りませんでした。
他の男達が灰かぶりにダンスを申し込むと、
「彼女は、僕と踊るんだよ」
と王子は制しました。
そのうち日が暮れ、灰かぶりが帰ろうとすると、王子は灰かぶりの後について行って、どの家に入るか見ようとしました。
ところが灰かぶりは王子の尾行に気付いて、家の裏庭へ飛び込みました。
そこには立派な大木が1本あり、素晴らしい梨の実が一杯なっていました。
灰かぶりは、リスのように素早くその大木によじ登りました。
これでは王子には、灰かぶりがどこへ行ってしまったのか、わかりません。
ウロウロしていると、父親がやって来たので、
「どこかの娘が僕を置いて逃げてしまった。あの梨の木へ飛び上がったと思うのだけれど」
と言いました。
『ひょっとすると灰かぶりかもしれない』
と父親は思いました。
オノでその木を切り倒しましたが、木の上には誰もいませんでした。
皆んなが台所へやって来ると、灰かぶりはいつもと同じように、灰の中で転がっていました。
この時も、灰かぶりは大木の反対側から飛び降りて、ハシバミの木の小鳥に綺麗なドレスを返すと、いつもの灰色の上っぱりを着替えたのです。
3日目、両親と姉達が出かけてしまうと、灰かぶりはお母さんのお墓へ行って、ハシバミの木に言いました。
「ハシバミさん、ユサユサユサと木を揺すぶって、私の上に金と銀のドレスを投げてちょうだい」
すると例の小鳥がドレスを投げ下ろしてくれました。
そのドレスは誰もまだ手に入れたことが無い程の豪華で煌びやかな物でした。
靴も全て金でできていました。
そのドレスを着て灰かぶりがパーティーに行くと、居合わせた人達は皆んな、驚きのあまり言葉も出ませんでした。
もちろん王子は灰かぶりとだけしか踊りませんでした。
そして、灰かぶりにダンスを申し込む人がいると、
「彼女は、僕と踊るんだよ」
と制しました。
やがて日が暮れ、灰かぶりが帰ろうとすると、王子は送って行こうとしました。
その上、王子は前もって策略を巡らしていたのです。
階段に隈なくタール(粘力性のある油)を塗らせておいたのです。
そこで灰かぶりが駆け下りた時、左の靴が階段にくっ付いて取れなくなりました。
王子がその靴を取り上げて見ると、靴は大変小さく可愛らしくて、豪華な金でできていました。
(以下、次回後半に続きます。
6月20日前後の予定です)
決定版 完訳『グリム童話集2』 野村泫 訳
21「灰かぶり」より
(お話を読み易くする為、色々手を加えております。原文のままではありません)
本日のBGM
クレイジーケンバンド『シンデレラ・リバティ』